自転車の値上げから見る日本のスタグフレーションの危機

新型コロナウイルス感染症の影響で、問題になっているのが世界的な需給変化による商品の値上げ。これは、自転車業界でも自転車本体や値上げが発生している。この件に関して、複数の企業から話を聞くと、筆者は、単純な値上げだけでなく、景気が後退していく中で物価上昇が同時進行する「スタグフレーション」の危険性があると感じた。なぜ、自転車の値上げからスタグフレーションの危険性があると感じたのか解説しよう。

新型コロナウイルスの蔓延で自転車の価格が高騰した理由

新型コロナウイルスの感染拡大で自転車の価格が高騰した理由は様々だ。まず、最初に挙げるのが公共交通機関の使用を回避するための交通手段や、運動手段の1つとしてサイクリングを奨励する所が多く見られ、自転車の需要が高まった。

自転車需要が増大する一方で、急激な需要の増大により供給不足が発生。工場も、新型コロナウイルスの影響により稼働停止に陥る場合もあり、生産ラインのストップや減産を行う事例も発生している。

また、輸送関連も新型コロナウイルスの影響を受け、コンテナ不足による、世界的な物流混乱が発生し、輸送費が大きく値上がり、自転車の価格が高騰している。

自転車はどれだけ値上げしたのか

コロナ禍の影響で、様々な場所でパーツや車体の値上げが発生しているのを聞くことがよくある。

特に組み立てが少なくて済む、低価格帯のシティサイクルや街乗りスポーツ自転車などは、他の自転車よりも運送費が高くなる傾向にある。そのため、今までは1万円で購入できた自転車が、1万5000円に値上がっているのもよく見る。

スポーツ自転車に関しても同様で、特にロードバイクの場合は10万円以下で購入できた所謂エントリーモデルと呼ばれるのが、10万円を超えるのも珍しくなく、10万円以下で購入できるロードバイクは非常に少なくなった。

E-Bikeの場合、Specialized Turbo Creo SLは、一番安いCreo SL E5 Comp(URL)が、2021年では55万円(税込、以下同)だったのが、2022年1月現在、73万7000円と、18万7000円に値上げ。クロスバイクタイプのSpecialized Turbo Vado SL 4.0(URL)は2021年モデルでは36万3000円だったのが、2022年1月現在、44万5000円と8万2000円ほど値上げした。

日本市場向けの電動アシスト自転車やE-Bikeを作りたくない工場が出ている

コロナ禍により、自転車の値段が上がっているだけならまだ良いが、値上げ以上の不穏な動きを見せている話を聞くことがある。それは、日本市場向けの自転車の製造を拒否している工場が出ているという話だ。

とある自転車企業の話では、海外では、日本市場向けの電動アシスト自転車やE-Bikeを作りたくない工場が出ていると語ってくれた。これは、日本の電動アシスト自転車の単価が安すぎて、製造する旨味が無く、日本市場向けの電動アシスト自転車の製造を拒否し、単価が高い欧州市場や北米市場向けのE-Bikeの製造を行う工場があるようだ。

日本では電動アシスト自転車の価格は10万円台が多いが、欧州市場向けは40万円がスタートラインで100万円を超えるE-Bikeも珍しくない。

欧州市場では、E-Bikeは元々可処分所得が高い層を狙っていたため高価格でも成功し、Riese and MullerやRotWild、HaiBikeなど、欧州の自転車ブランドには、人力自転車からほぼ撤退し、E-Bike専業になった自転車ブランドも存在する。また、大手スポーツ自転車ブランドの中には、売上の半分がE-Bikeという所もある。

可処分所得が高い層を狙っている一例を挙げるとするとドイツ E-MOUNTAINBIKE Magazineの読者調査だろう。この調査は、世界の1万6000人以上のE-MOUNTAINBIKE Magazine読者を対象にした調査で、読者層はドイツが約49パーセント、オーストリアは8パーセント、スイスは7パーセント、平均年齢は50歳。そして、E-MOUNTAINBIKE Magazineの読者の平均世帯年収が76252ユーロ(日本円にして約970万円)との結果だった。(URL

因みに、E-MOUNTAINBIKE Magazine読者の平均世帯年収は、2020年と比較して1300ユーロ強減少(前年の推定世帯年収は日本円にして約1000万円)したが、この事に関して同誌は、「これはネガティブではなく、私たちのスポーツのアクセシビリティが向上していることのさらなる兆候だと考えています」と述べている。

Specialized Turbo Como
Specialized Turbo Vado

欧州市場のE-Bikeは50万円台から60万円台は当たり前の時代となっている。例えば、Specialized Turbo Vado 5.0/Turbo Como 5.0はリアキャリアにGarmin Radarセンサーが内蔵され、後ろから迫ってくるクルマを知ることができるハイテク装備を搭載しており、価格は日本円で64万円。(記事)

Forestal Aryon
Porsche eBike Sport

さらに、海外市場では100万円を超えるE-Bikeは珍しくない。アンドラのE-Bikeブランド「Forestal」のカーボンフレーム折りたたみE-Bike「Aryon」の価格は日本円に換算して135万円。Rotwildとコラボレーションを行った「Porsche eBike Sport」は130万円。海外ブランドでは、このような100万円を超えるE-Bikeを展開している所は少なくない。

海外市場ではE-Bikeは車体単価が高く、富裕層のマイクロモビリティという扱いか、DucatiやMV AGUSTA、BMW等の高級自動車ブランドや高級オートバイブランドが参入している。特に、高級自動車メーカーのPorscheは非常に力を入れており、RotWildとのコラボレーションモデルを出すだけでなく、クロアチアのコネクテッドE-Bikeブランド「Gyrpe」の株を取得し、オリジナルE-Bikeブランド「Cyklær(サイクラー)」を立ち上げるなど、全方位でE-Bike市場を攻めている。日本市場向けの電動アシスト自転車を製造せず、欧州市場や北米市場向けに工場が注力するのも理解できるだろう。

日本市場向けの自転車部品を調達しようとしても相手にされない場合がある

日本向けの自転車を製造するのが難しくなっているだけでなく、別の自転車企業は日本市場向けの自転車を作る際、部品を調達しようとしても、部品会社が販売を拒否するという話を語ってくれた。これは、一部の部品会社が需要が大きい欧州市場や北米市場に目を向けている一方で、日本市場をおざなりにしているとのこと。この件は、価格交渉で発生するのではなく、部品会社に日本向けの自転車を作ると打診した時点で交渉が打ち切られると語っていた。

自転車の価格は安くなるか

コロナ禍により、ロードバイクやクロスバイクなど様々な自転車が値上げを行っているが、自転車の価格は安くなるのだろうか。

筆者の考えとしては、自転車の価格は安くならないと想定している。世界的な経済がインフレ傾向にあり、自転車の製造などが豊富な資金力を持つ海外に取られている中、日本だけがデフレを行うのは不可能だろう。特に電動アシスト自転車に関しては、海外市場との価格差があるため、製造元確保のためにさらなる値上げが発生する可能性もある。世界的なインフレの中、長年に渡る経済停滞の日本は、給料は上がらず物価だけが上がるスタグフレーションに陥る可能性は高いだろう。

文:松本健多朗

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