80年代バイクブームより遥かに過激な1970年代の第1次バイクブームまとめ

ネットで何でも情報が入手できるというのは嘘だと思っていい。例えばネットでは高校生が大型バイクに乗れた70年代前半のバイクブームは多くの人が話題にしない。これは70年代バイクブーム世代が、ネットとの親和性が比較的低いのもあると思う。少なくとも2ちゃんねるのまとめブログで、高校生の頃にカワサキのW1スペシャル(W1SA)、ヤマハのRX350、ホンダ・ドリームCB500Fourを個人売買で購入し、車検を取らないで乗り換えるような漫画の主人公みたいなことをする人は見ない。また、東京都の某高校で、車検付きバイクに乗っている高校生が1クラスに10人いた(ヤマハの350、ホンダのCB350Four、CB500Fourは2人、カワサキ・マッハ、スズキ・GT380等)のを知っている人も殆どいないだろう。この時代はどんな高校生も、高校2年生の頃になると、車検付きオートバイに乗るのが当たり前といった風潮だったようだ。

レーサーレプリカブームだったと言われている1980年代の第2次バイクブームや、リターンライダーの第3次バイクブームがよく注目されているが、1970年代の第1次バイクブームは誰も話題にしない。しかし、1970年代前半の第1次バイクブームを経験したリアル世代からすると、あの時代はオートバイに活気があって、第2次バイクブームはブームが終わりつつあり、今の第3次バイクブームはブームではないと言っているほど凄かったようだ。本来なら、高校生の頃にカワサキのW1スペシャル、ヤマハのRX350、ホンダ・ドリームCB500Fourに乗っていた(XS650、TX500は高校卒業後に購入)某氏が書くべきだが、書かないようなのと、1970年代の第1次バイクブームの内容を書いている人がいないため、このブログで書くことにしました。因みに最後に無理やり自転車にくっつけていきます。また、新たな第1次バイクブームの情報が出たら随時更新していきます。

第1次バイクブームについて詳しい内容は、ナナハン世代の記憶で更新を行っています。

2015年4月12日、某氏のかつての画像が見つかったので、一部動画を画像に差し替えと、現役世代に評価されているホンダ・ドリームCB500Fourを追加

2015年3月16日、ヤマハ・RZの祖先、ヤマハ・RXシリーズの現役時代の評判を追加

2015年2月2日、第1次バイクブームでは、多くの高校生は車検付きバイクを乗っていたを追加

2015年1月10日、 現役時代では不人気車だったカワサキ・マッハ3を追加

2014年12月7日、オートバイが買えるほど高価だったカウルを追加

2014年11月18日、爆音オートバイのカワサキW1スペシャルを暴走族が買わなかった理由とカワサキ・Zはホンダのようなオートバイを追加

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Honda Dream CB500 Four

1970年代前半の第1次バイクブームでは、高校生でも大型バイクを乗ることができるが、これらの世代は既に60歳近くになる。(ここではナナハン世代と呼ぶ)今、バイクを新車購入している世代は50歳になるため恐らくナナハン世代ではなく、免許制度で最初から400cc以上の大型バイクに乗ることができず、限定解除の一発試験に挑まないといけない世代(ここでは中免世代と呼ぶ)と思われる。因みに旧車系暴走族(所謂旧車會)が70年後半~80年代のバイクが殆どなのは、ボリュームゾーンの中免世代なのもあるかもしれない。暴走族の歴史を紐解けば中型2輪免許の登場の理由が元は暴走族対策なのを知れば、70年代前半の暴走族も大型バイクを乗り回していたのは間違いないだろう。1970年代前半の暴走族は強姦、殺人、放火、派出所の襲撃、警察官や警察車両等に対する投石等を行っていたため、今の暴走族よりも遥かに問題になっていたようだ。少なくとも旧車會が派出所に襲撃したのは聞いたことがない。

高校生が個人売買ながら新車から2~3年落ちのドリームCB500FourやW1SAを乗りかえたり、進学校の高校生が現役のCB500Fourを乗り、暴走族が750ccを乗る時代を聞くと、今の旧車會は相当ショボイ。今の時代の暴走族は大きくても古い400ccのオートバイに乗り、数台で吹かして、ちんたら信号無視する一方、70年代の暴走族は、当時最新型の大型バイクに乗って何十台も走り、スピードを出して信号無視し、場合によっては強姦、殺人、放火、派出所の襲撃を行うというのを聞くと今の時代の暴走族が可愛く思える。そんな暴走族に会った時の某氏の対策は、反対車線から暴走族が走ってきたら、ピースサインをして外だけでも友好的に見せ攻撃しない合図を出して、やり過ごしたようだ。

ナナハン世代のオートバイの価格

某氏が高校生の時代は、有名なホンダ・ドリームCB750Fourは、車体が大きいので自分の体には合わないため最初から興味が無く、750よりコンパクトなドリームCB500Fourに乗っていたらしい。周りも750ccに乗っていた人は非常に少数派だったらしい。(因みにCB750FourとCB500Fourの当時中古価格の差は数万円程度とのこと。ホンダのプレスリリースではドリームCB750Fourは38万5千円ドリームCB500Fourは33万5千円。ドリームCB750Fourの登場年は1969年でドリームCB500Fourの1971年。)

よっぽどのバイクマニアか(日本語WikipediaではホンダドリームCB500ヤマハXS650の記述は無し。ヤマハRX350は海外名のR5として英語版Wikipediaにある。)70年代のリアルな世代でないと無名なドリームCB500Fourだが、東京の某工業高校ではCB500Fourに乗っていた人が何人かいたようで、人気車種だったため中古価格でも比較的高値だったのこと。中古価格については、これらのバイクは、個人売買で15万円で購入していたらしい。この時代の15万円は今の物価に換算すると60万円になる。(都内の高校生が1日働いた場合の短期のお中元の宅配アルバイトが3000円ちょっと。1973年の大卒初任給は約6万円と現代の3.3倍。但し、現代よりも大卒の価値が高く、物質的価値や性能、物価差を考えて4倍とした。因みに3.3倍だと49万5千円になる。)店舗中古価格は25万円(3.3倍なら82万5千円、4倍なら100万円)、大型バイクの新車価格は当時価格で35万円台なので、今の時代だと3.3倍なら100万円、4倍なら140万円クラスになる。

因みに現在の140万円のオートバイは、ヤマハだとYZF-R1(1,458,000円)、FJR1300A(1,458,000円)とトップモデルのオートバイが殆ど。また、今の大型バイクは、ホンダ・NC750Xが約72万円BMW G650GSが約92万円Harley Davidson 883は約100万円と新車価格100万円を切ったモデルがある。昔の時代は大型バイクは遥かに雲の上のモデルだったのは間違いないが、それでも裕福でない高校生が中古を買い、しかも古くなり注目されなくて、格安で売られていたり、ビンテージ品として持て囃されたり時代でなく、全部現役時代で買っている。因みにこの時代は円安のため、輸入車は完全に高値の花で、買えない存在だったとのこと。車検については車検を取らないで乗り換えていたようだ。車検を取らない代わりに、車検切れのオートバイを10万円で売り、5万円を足して、15万円でオートバイを購入したようだ。

この時代で今の時代よりも金銭面で有利だった事例は、ローンがある。オートバイをローンで購入する時、免許を見せるだけで保証人等の審査が要らなかったようだ。簡単な審査でローンができるのは、他の人の話でも聞くことで、ミシンをローンで買うときも保証人は要らなかったようだ。また支払いも銀行振込でなく、お金を持って行って払うらしい。洗濯機が3種の神器だった時代では、群馬でローンで洗濯機を購入し、東京に引っ越しした時、集金する人が集金するたびに群馬から東京にやってきて集金するという話すらある。

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Honda Dream CB500 Four

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オートバイが買えるほど高価だったカウル

第2次バイクブームで主流になったカウルだが、第1次バイクブームではカウルを装着した公道用オートバイは無く、後付カウルも10万円と非常に高価だったとのこと。個人売買で現役時代のカワサキW1SAや、ホンダドリームCB500Fourが15万円で買えるのを考えると、非常に高価だ。因みに10万円を今の物価に換算すると30万円以上し、オートバイが購入できるほど高い。因みに、某氏によるとカウルを装着して似合うオートバイも種類があり、ボテッとした形のオートバイにカウルは似合わなくて、幅が細いカワサキ・マッハやヤマハにはカウルが似合うと言っていた。但しヤマハのオートバイには70年代のオートバイに標準装備されていたアップハンドルが、スリムな車体をぶち壊しにしていたらしい。

第1次バイクブームでは、多くの高校生は車検付きバイクを乗っていた

250CC以上の車検付きオートバイのナンバーには、緑の縁取りがある。緑の縁取りナンバーは一種の見栄みたいなものがあり、車検付きのデメリットがあっても、車検付きのオートバイを購入し、緑の縁取りナンバーがついたオートバイを乗っていたようだ。ここで登場する某氏が、ヤマハ・RX350(350cc)を購入するとき、車検がない下位モデルのヤマハ・DX250(250cc)ではなく、RX350を購入した理由の1つに、緑の縁取りナンバーがあったとのこと。この時代は、高校生が車検付きオートバイを買うのは普通で、ネットでは、高校の駐輪場ではヤマハ・XS650(650CC)、カワサキ・W1-Special(650CC)、カワサキ・SS500 Mach3(500CC)、ホンダ・CB500Four(500CC)等がある250CCのヤマハ・DXよりも、350CCのヤマハ・RXのほうが周りはいっぱい乗っていたというエピソードがある。これが80年代になると、ヤマハ・RX/DXの後継モデルであるヤマハ・RZシリーズでは、車検付きモデルの350CCは不人気バイクとなり、数少ない350CC車はエンジンだけ抜かれて、250CC車に350CCエンジンを入れられる事例や、学生は車検付きバイクは維持費がかかるので乗れないという状況になっている。今では、400ccバイクの250cc登録という直ぐにバレる行為をするひともいるらしく、貧乏だったナナハン世代の高校生よりも悲惨な状況となっている。

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写真に写っているオートバイは全車、車検付きのオートバイなのに注目

爆音オートバイのカワサキW1スペシャルを暴走族が買わなかった理由

暴走族のオートバイは音を煩くする改造をしているが、カワサキのW1スペシャルは純正で爆音仕様のオートバイで有名だった。今の殆どの暴走族のオートバイは最大排気量が400ccと小さく、4気筒のため低回転域の音は小さいが、カワサキのW1スペシャルは650ccで排気量が大きく、アイドリング等の低回転でも爆音の有名なオートバイだったらしい。実際に650RS(カワサキ・W3)が出る前の時代にW1SAに乗っていた某氏によると、カワサキW1スペシャルはその辺の暴走族のオートバイよりも煩いと言っていた。そんな国家公認の爆音オートバイのカワサキW1スペシャルだが、暴走族で乗っている人間がいない。免許制度上の問題でナナハン世代と分裂した中免世代が、免許や周りに乗っている人がいない等の問題で、カワサキW1スペシャルを乗らない理由はわかるが、ナナハン世代の暴走族がカワサキW1スペシャルを乗っていたという話は聞かない。このことについて尋ねたら、某氏によると、カワサキW1スペシャルは、大人が乗るオートバイとして認知されていたため、殆どの暴走族は乗っていなくてマイナーだったようだ。

カワサキ・Zはホンダのようなオートバイ

漫画や映画などでよく出るオートバイとして知られているカワサキのオートバイで750RS(Z2)がある。Z2は某氏が高校生の時に登場したオートバイで、当時の某氏から見たら

「個性の塊のようなオートバイを作るカワサキがホンダみたいなバイクを作ってきた」と思ったらしい。

某氏によるとカワサキ・Z2が出る前のカワサキのオートバイは、4ストローク2気筒のW1、2ストロークのマッハシリーズを販売していて、個性的なオートバイを作っていたのと、この時代はオートバイメーカーごとに、特徴があるバイクを出していたのもあるとのこと。4気筒のオートバイはホンダの専売だったので、カワサキがいきなり4気筒のオートバイを登場させたので、こう思ったようだ。

現役時代では不人気車だったカワサキ・マッハ3

ビンテージ品の評価と現役時代の評価は全く違うことが多い。例えば、今では伝説のオートバイとして評価されているカワサキ・マッハ3だが、現役時代を知っている某氏によると、じゃじゃ馬で燃費が悪い、左右非対称の3本マフラーがカッコ悪い等の悪評があったため中古価格は安い”不人気車”だったようだ。某氏の

「ホンダのCB(CB750Four、CB500Four)は中古でも人気で高くて買えなくても、マッハ3は”中古”で買えた。」

の発言がすべてを物語っている。因みに某氏は、スズキ・ハスラー50から次のバイクを購入する時、カワサキ・マッハ3は購入せず、ヤマハ・RX350を購入している。当時の新車価格20万円のヤマハ・RX350と30万円近くするカワサキ・マッハ3の現役中古価格が変わらないのを考えると、不人気車とも言っていい。因みに現役時代ではマッハ3よりもW1スペシャルのほうが人気で、W1スペシャルは某氏は中古では買えなかった(個人売買で購入している)

ヤマハ・RZの祖先、ヤマハ・RXの現役時代の評判

80年代バイクブームで有名なオートバイとして知られているのにヤマハ・RZシリーズがあるが、その祖先であるヤマハ・RX350/DX250を知っている人は非常に少なく、知っている人の殆どは第1次バイクブームを体験した人が殆どだろう。2ストローク250cc(DX250)、350cc(RX350)エンジンを搭載したヤマハ・RX350/DX250は、速いオートバイとして知られている。ヤマハのサイトいわく市販レーサーレプリカで、現役時代にマッハ3ではなくRX350を購入した某氏は「発進時でアクセルだけでウィリーできる」との発言や、RX350は「ナナハンキラー」として有名だったという内容や、この時代のオートバイとしては安定した走りで有名とのこと(3)また、アメリカでは、Giant Killerという渾名もあったようだ。カワサキ・マッハやホンダ・CBが比較的知られている一方で、ヤマハ・RX350・DX250が知られていないのは、名前が一気に変わっていった(RX350/DX250→RX350PRO/DX250PRO→RD→RZ)のもあるのかもしれない。

漫画の主人公よりも漫画のような人がいた第1次バイクブーム

750ライダーという漫画では、高校2年生の主人公がドリームCB750Fourに乗っているが、ネット上では高校生がナナハンに乗っている描写に現実感が無いと思う読者が多かったらしいが、第1次バイクブーム世代の話を聞けば、高校生でもお金をためればCB750Fourは中古の個人売買で購入できる可能性を考えたり、簡単にローンを組めた時代をみれば、主人公は70年代前半の普通の高校生に近く、実は現実的な漫画の主人公かもしれない。むしろ、現実世界で車検が切れたら車検を取らないで乗り換えた某氏のほうがよっぽど漫画の主人公に近い。

この時代は、進学校の高校生も大型バイク乗る時代で、某氏が個人売買で購入したホンダ・ドリームCB500Fourの前オーナーは、進学校の高校生(某氏の中学時代の知り合い)で、この人は早稲田大学にいったらしい。進学校にかよっている高校生は高校3年生になると勉強のためオートバイを降りていたようだ。現在の物価に換算して新車価格100万円オーバーの大型オートバイを、中古や個人売買でも、高校生が現役で乗れた時代は、アジアでは恐らく70年代前半の日本ぐらいだと思う。東南アジア、中国では250ccが現実的な最高級車で、第2次バイクブームでは、多くの高校生が現在の物価に換算して新車価格100万円オーバーのオートバイを乗っていたのは聞かない。

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Honda Dream CB500 Four

ナナハン世代のオートバイの改造

この時代のオートバイのハンドルはアップハンドルが標準装備されているが、体に合わない等の問題がある場合はハンドルを交換していたとのこと。70年代暴走族仕様の絞りハンドルや、スワローハンドルがあったらしいが、某氏の場合は、コンチネンタルハンドルに交換し、ハンドル幅を肩幅と同じくらいに狭くしていたようだ。警察には特にお咎めは無く、車検の問題も、車検が切れたらオートバイを乗り換えていたので、車検も問題にならなかったようだ。

リアルナナハン世代に聞く名車とは?

大型バイクを購入する理由をネットで探したら見栄で買う人がいる人が多いらしい。その一方で某氏が、カワサキW1スペシャル、ホンダドリームCB500Four等の大型バイクを購入していた理由は、この時代の250ccは車体が軽くて安定しにくく旅をするには不便なので、大型バイクに乗っていたというある意味消極的な理由らしい。ヤマハ・RX350を購入する時、RXの250cc版(恐らくDX250)と較べていたらしいが、この理由で350ccを買ったとのこと。そのため、某氏の車歴では250ccを所有していたのは1回もない。この手のオートバイの多くは名車になっていて、調べるまではカワサキW1スペシャルは、高校生が買えるほど不人気で安いオートバイだと思っていたら、Wikipediaでは、カワサキの伝説のオートバイのシリーズで、人によっては憧れのバイクとしての位置づけのバイクらしい。因みに、某氏が今まで所有していたオートバイも今では名車の類が殆どになっている。

因みに某氏が名車だと思ったオートバイはホンダのドリームCB500Fourらしい。世の中では非常に有名なドリームCB750Fourよりもコンパクトで車体が軽く、CB750Fourのボッテリとした形よりも、CB500Fourのスッキリとした形が良いのが理由とのこと。そのCB500Fourも、現在では免許制度の問題もあるためかCB750Fourよりも遥かにマイナーなオートバイになっている。ただ、データを見るとCB500Fourは失敗作ではない。漫画等でよく登場して有名なドリームCB400Fourは製造年が1974年から1977年は短い一方、ドリームCB500Fourは多く生産されたらしく、後継機のCB550Fourも合わせると1971年から1978年まで生産されている。こういうのを見るとCB500Fourは成功作のオートバイと言えるが、現代ではネット上で検索すると、知っている人はバイクマニアぐらいで、ほぼ忘れ去られているに等しい状況なのが興味深い。

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左端と、右から2番めのオートバイがホンダ・ドリームCB500Four

現役世代に評価されているホンダ・ドリームCB500Four

ホンダ・ドリームCB500Fourの評価は、現役時代を知らず、中免で乗ることが出来ない中免世代以降と、現役時代で乗ることが出来たナナハン世代では評価が分かれる。中免世代以降だと、免許制度的な問題で中途半端な排気量のオートバイと捉えられ、CB500Fourすら知らない人がいる一方、ナナハン世代では、CB750Fourよりもスマートで、丁度いいサイズのため扱いやすくて名車と言われている。下の写真の高校生オートバイ乗りの集合写真では、色々な車種があるのがわかるが、この中で唯一CB500Fourのみ複数あるのがわかる。因みにCB500Fourの新車価格は1971年初登場時で、335,000円ホンダの軽乗用車「初代ライフ」の一番安いモデルよりも高価だった。1971年の大卒初任給は46,400円となっている。

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1973年あたりの高校生オートバイ乗りの集合写真。オートバイマニアなら5台ぐらいはわかると思うが、この中の3台はホンダ・ドリームCB500Four。

たとえ金が無くても古いオートバイはかっこ悪いので買わなかったナナハン世代の高校生たち

今の時代、環境規制などの時代の流れや人間の考えの変化により、古いオートバイに注目する人たちがいるが、70年代前半のナナハン世代の高校生たちの時代は、古いオートバイはかっこ悪く性能が低いオートバイとして見られ、お金が無くても新しい現役モデルのオートバイを購入していた。ヤマハ・RX350の前身のヤマハ・スポーツ350Rシリーズ(1~3)や、カワサキ・SS350マッハ2の前身のカワサキ・A7シリーズ(A7、A7スペシャル)は時代遅れな60年代の形状をしており、性能が低いという認識で買わなかったようだ。新しいオートバイでもCB250/350セニア、CB450はあまりかっこよくないオートバイとみられ、今では有名なCB750Fourですら、ぼってりとした形状が古臭いとみられ、軽量でスリムなスタイルのCB500Fourを選ぶ人もいて、写真でCB500Fourが唯一複数台あるのが分かると思う。(某氏曰くCB750FourとCB500Fourは、まったく別のコンセプトのオートバイとのことだ。)

ヤマハ・350Rシリーズやカワサキ・A7スペシャル、スズキ・Tシリーズなど、60年代のオートバイは数年後の70年代には時代遅れと言われ、RX350やSS350マッハ2、GTシリーズと名前を変えモデルチェンジした一方、60年代のメグロを引き継ぐ「大人のオートバイ」カワサキ・W1だけは、W1スペシャル→650RSと名前を変えながら大きなモデルチェンジをせず1975年まで販売されたのは、時代を考えたら異例とも言えるだろう。

 ナナハン世代の憧れのオートバイは?

ナナハン世代の某氏にとっては、憧れのオートバイと見ている人が多いホンダ・ドリームCB750Fourは、憧れのオートバイではなく、購入対象のオートバイとして見ていたのを見ると、憧れのオートバイという考えがあるのか?と思ってしまうが、ナナハン時代をリアルで体験してた人によっては、ハーレーダビッドソンやBMWが憧れのオートバイとして見ていたようだ。この時代は円安で輸入品が高く、ハーレーは今の物価にしたら300万円して、とても手がでない物だったらしい。高齢層でハーレーダビッドソンに乗っている人が多いのは、もしかしたらそういう理由もあるらしい。

逆に、今では高価で憧れのオートバイとして見られているが、ナナハン世代の某氏にとっては、大したことがないオートバイブランドとして見られているのがDucatiMV AGUSTA。この2つのイタリアンオートバイブランドは、今では金持ちのオートバイブランドになっているが、ナナハン世代の時代では、ホンダよりも少し高いだけで、今で言うフォルクスワーゲンのような感じだったようだ。

規制があってもオートバイはブームになっていた

1970年代の第1次バイクブームを見ると、現代のオートバイ規制はある程度は関係ないのがわかる。高校生で大型バイクが乗れた時代は、強姦、殺人、放火、派出所の襲撃、警察官や警察車両等に対する投石等を行う暴走族が夜中100台で走り回り、東京23区内の一部は暴走族対策のため夜間大型バイク通行禁止で、今よりも遥かに高いオートバイの価格を見れば、ある意味金の問題で済む現代のほうが遥かに良いのでは?と思う。ガソリン高や免許取得の価格の問題は金で解決できるが、強姦、殺人、放火、派出所の襲撃を行う暴走族や、東京23区内の一部夜間大型バイク通行禁止は金で解決できない。

金で解決できない問題は、80年代第2次バイクブームの頃にもあったようだ。ネット上では殆ど知られていないこととして、段階免許という事例がある。これは一部の都道府県の条例で、18歳にならないと中型自動2輪免許をとらせない条例とのこと。県によっては違ったらしいが、多くの県で行われていたらしい。また自賠責保険も80年代の第2次バイクブームの時は二年間で小型二輪(125cc)は64,500円。400ccの場合は80,000円した話がある。1985年の大卒初任給は14万円で、現代の大卒初任給と比べると1.4倍の差があるため、今の時代の物価に換算した場合、小型2輪は90,300円、400ccの場合は112,000円となる。因みに今の時代の自賠責保険は125ccで2年間で9,870円となっている。いくらバブルで景気が良くても他の物価が高すぎるため(マツダのボンゴワゴンGSX・4WDディーゼルが物品税やダブルエアコン代を合わせ現代の物価にしたら300万円以上する時代)決してオートバイに乗るのは簡単ではないはずだが、それでもオートバイに乗りたい人が沢山いたが、規制が緩くなるに連れてオートバイに乗りたい人が減少していっている。

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から引用。

因みに第1次バイクブームの参考サイト、別の人の証言を見ても、あまり変わらない。

YAMAHA DX250 – MOTO GUZZI な おじさんの趣味とこだわりについて – Yahoo!ブログ

思い出のナナハン時代を飾ったバイク達

これらのことを自転車に無理やりくっつけると

  • 高齢化の先はジリ貧が待っている
  • いくら金があっても興味がなければ買わない
  • 憧れよりも道具としての性能が重要

が挙げられる。高齢化しある一定の年齢になると離れる場合が非常に多いと個人的に思う。例えば60歳以上のバイク乗りはいることにはいるらしいが、どう考えてもそこから先は体力的な問題で降りる可能性が非常に高い。高齢化するとゲートボールのように老人趣味に思われるため、さらに若年ユーザーが入らなくなり、高齢化スパイラルが進む可能性が非常に高い。自転車は今のところは高齢化はまだいいほうだと思うが、今後は高齢化が起こる可能性は高い。

金銭的問題が解決しても、金があっても興味がなければ買わない。某氏はドリームCB750Fourは最初から所有する気は無くドリームCB500Fourを購入したのがいい例だ。逆に金銭的問題があっても欲しい人間は買うし、欲しい者は欲しいと思う。1970年代の大型バイクは個人売買で15万円で購入すると、現代の物価に換算して60万円と非常に高価だが、それでも欲しい人がいたから1970年代のオートバイブームは存在したのだと思う。逆に現代の先進国で色々な物が売れなくなったのは、高性能なパソコンやスマートフォンの登場で、あらゆる商品の価値が一気にデフレ化したため、この程度の物に金を出したくないからいらないという流れになったと自分は考えている。自転車は明らかに金銭的問題が解決しても、金があっても興味がなければ買わない例で、ブームになる前は明らかに注目されていなかった。

憧れよりも道具としての性能は、自転車だけでなくてどんな物でも重要だろう。今の時代、ハーレーや大型バイクを売る時は憧れの物として売っているのが多いが、多価値時代で物質的価値が暴落した現代において、強烈な憧れを抱かせるのは難しく、憧れても、物質的価値が低いため実際に手に入れるまでの道のりは非常に長い。一方で憧れよりも道具で買う場合、本当に道具が重要と知っている人は高価格でも買う。例えばLEDに詳しい人はいくら安物で良い場面のLED電球を買うときでも、無名ブランドの安物を買うのではなく、少し高くても有名ブランドの安物を買う場合がある。その理由はLED電球内にある基板の耐久性を考えたり、変なコンデンサを付けられている場合を考えて有名ブランドの安物を買うらしい。道具としての性能はもちろん耐久性だけでなく、あらゆる性能において言えることで、これにはデザインも入る。

現代において高価格な物を売るのなら、憧れだけでなく道具としての性能も重要なのを考えると、今のロードバイク等の競技用自転車は公道を走る上では、決して高性能ではない。競技用自転車はレースで使うなら高性能かもしれないけど、公道を走る上では決して高性能ではない場面が多く(そのため自分はロードバイクを乗るのを中止している)世の中の一般ユーザーの恐らく殆どの走る場面は競技では無く公道だろう。個人的には競技用自転車のブームはオートバイのレーサーレプリカブームみたいに終わる可能性は高いと考えている。

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